<Header>
<Author: 白居易>
<Title: 訪陶公舊宅>
<Format: 格式不明>
<Year: 1964>
<BookName: 漢詩大系  白樂天>
<Translator: 田中克己>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 陶公（たうとう）の舊宅（きうたく）を訪（と）ふ>
<BookPage: 269-272>
<UsedPage: 4>
<Feature: 1, 4>
<End Header>
<Poem>
垢塵不汚玉，
靈鳳不啄羶。
嗚呼陶靖節，
生彼晉宋間。
心實有所守，
口終不能言。
永惟孤竹子，
拂衣首陽山。
夷齊各一身，
窮餓未爲難。
先生有五男，
與之同飢寒。
腸中食不充，
身上衣不完。
連徵竟不起，
斯可謂真賢。
我生君之後，
相去五百年。
每讀五柳傳，
目想心拳拳。
昔常詠遺風，
著爲十六篇。
今來訪故宅，
森若君在前。
不慕尊有酒，
不慕琴無弦。
慕君遺榮利，
老死此丘園。
柴桑古村落，
栗里舊山川。
不見籬下菊，
但餘墟中煙。
子孫雖無聞，
族氏猶未遷。
每逢姓陶人，
使我心依然。
<End Poem>
<Translation>
宝石は垢や塵にけがされず、鳳凰は霊鳥でなまぐさいものを食わない。
ああ陶靖節先生は、晉と宋のけがれた世に生まれたが
心にはじつは守るところがあって、最後まで口外しなかっただけだ。
いつも孤竹君の子の伯夷・叔斉が、首陽山にかくれたことを慕っていた。
ただし伯夷・叔斉は独身だったので、困窮や飢餓もつらくはなかった。
先生は五人の男子があって、飢えや寒さをともにしたのだ。
腹の中に食物がみちることもなく、身につける衣は破れていた。 しかもたびたび天子に召されても官につかなかったから、これこそ真の賢というべきだ。
わたしは先生におくれて生まれ、あい去ること五百年だ。
五柳先生伝をよむたびに、その姿をおもいうかべて心にしたう。 むかしその遺風を詠じて、十六篇の詩としたことがある。
いま来てその旧宅を訪問すると、先生が目前においでかのようだ。
樽に酒があっただの、琴に絃がなかっただのをしたうのではない。 先生が栄誉や利権のことを忘れて、この丘この園で老い死なれたのをしたうのだ。
柴桑の古いむらよ、栗里のふるい山川よ。
まがきの下の菊は見えず、村のけむりだけがもとのままだ。
子孫にも有名な人はいないが、一族はまだこの地に住んでいる。 陶姓の人にあうたびに、したわしい気持ちにならされる。
<End Translation>
<Formatted Translation>
宝石は垢や塵にけがされず、
鳳凰は霊鳥でなまぐさいものを食わない。
ああ陶靖節先生は、
晉と宋のけがれた世に生まれたが
心にはじつは守るところがあって、
最後まで口外しなかっただけだ。
いつも孤竹君の子の伯夷・叔斉が、
首陽山にかくれたことを慕っていた。
ただし伯夷・叔斉は独身だったので、
困窮や飢餓もつらくはなかった。
先生は五人の男子があって、
飢えや寒さをともにしたのだ。
腹の中に食物がみちることもなく、
身につける衣は破れていた。 
しかもたびたび天子に召されても官につかなかったから、
これこそ真の賢というべきだ。
わたしは先生におくれて生まれ、
あい去ること五百年だ。
五柳先生伝をよむたびに、
その姿をおもいうかべて心にしたう。
むかしその遺風を詠じて、
十六篇の詩としたことがある。
いま来てその旧宅を訪問すると、
先生が目前においでかのようだ。
樽に酒があっただの、
琴に絃がなかっただのをしたうのではない。 
先生が栄誉や利権のことを忘れて、
この丘この園で老い死なれたのをしたうのだ。
柴桑の古いむらよ、
栗里のふるい山川よ。
まがきの下の菊は見えず、
村のけむりだけがもとのままだ。
子孫にも有名な人はいないが、
一族はまだこの地に住んでいる。 
陶姓の人にあうたびに、
したわしい気持ちにならされる。
<End Formatted Translation>